都市と地方をかきまぜて、“生きる”を取り戻す。──観客席からグラウンドに降りよう【後編】

ブルー

written by ダシマス編集部

「世なおしは食なおし」をモットーに、都市と地方を駆け回る高橋博之さん。世界初の食べもの付き情報誌である『東北食べる通信』の発行や、農家や漁師から直接旬の食材を購入できるスマホアプリ『ポケットマルシェ』のサービスを通して、生産者と消費者のつながりを世界に広げています。

前回は、消費者が生産者の物語を知ることで当事者になり、その隔たりをなくすことが一次産業の現状を変えるのだとお話いただきました。

“消費社会”を生きる現代人に向けた熱い熱いメッセージ、後編です。

高橋博之(たかはし ひろゆき)

高橋博之(たかはし ひろゆき)

『東北食べる通信』初代編集長、株式会社ポケットマルシェ代表、一般社団法人日本食べる通信リーグ 代表理事。1974年、岩手県花巻市生まれ。2006年、岩手県議会議員補欠選挙に無所属で立候補し初当選。2011年、岩手県知事選に出馬するも次点で落選。2013年『NPO法人 東北開墾』を立ち上げる。 著書:『人口減少社会の未来学』『だから、ぼくは農家をスターにする ―「食べる通信」の挑戦』『都市と地方をかきまぜる ―「食べる通信」の奇跡』など。

第1回

生産者の物語が、一次産業の現状を変える。──観客席からグラウンドに降りよう【前編】

第2回

都市と地方をかきまぜて、“生きる”を取り戻す。──観客席からグラウンドに降りよう【後編】

 

生産者とのつながりをシェアする時代

高橋:日本でもシェアリング文化が少しづつ広がっていますよね。これまではひとり暮らしのアパートに、家電、家具などフルパッケージですべて揃っていたけど、これはもはや無駄で、コンビニが冷蔵庫代わりで洗濯はコインランドリーで、というふうに物を持たずにみんなで暮らしに必要なものをシェアするようになってきています。

ー“ミニマルな暮らし”は時代の流れでもありますね。

高橋:その考え方に立つと、田舎もそうなんです。海や大地といった、人間が生きていくために必要な自然をみんなでシェアする、これが当たり前になるといいなと思ってます。

生産者に関していうと、人口の1.4%だから140人にひとりしかいないんですよね。なので、みんなで生産者とのつながりをシェアしていければいいなと思います。これからの社会は、所有するのではなくシェアすること人と人との関係をつむぎ豊かになると思っています。

ー生産性と直接つながりを持てるサービスである『ポケットマルシェ』の利用者さんからは、どんなお声がありますか?

高橋:生産者のところに、子どもを連れて遊びに行く人がいたり、がんで入院している方から、「自分の足で遠出して美味しいものを見つけるのがむずかしくなったので、ポケマルに救われている」といったメールをいただいたりします。“食べる”って生きる上ですごくポジティブな力を与えるんです。それを蔑ろにしてしまうのは、本当にもったいないと思いますね。

ポケットマルシェでは、生産者のことが知れて、旬のものが食べれるし、ごちそうさまと伝えることもできます。

「食」は本来コミュニケーションの手段だった

ーそういったコミュニケーションが希薄な都会にいると、食に対しての重みがなくなっていきますね。

高橋:合理的になると、食事だってコンビニ飯や10秒チャージ、要するにスマホの充電といっしょになってきています。でも本来、食事って単なる栄養補給ではないんです。人間だけが動物の中で唯一、食を挟んで他者と同じ時間を過ごすんですよ。

だから、食事はコミュニケーションの場なんですよね。人間は食事をしながら家族や会社の仲間と会話して、友情や愛情を育む文化的な生き物です。なのにその時間が無駄だってことで削がれて、孤食になっています。だから、生きている実感に飢えている人ってすごく多いと思うんです。僕自身もそうでした。

AIと医療が結びついて不老不死に近づいて、サイボーグ化していく。脳みそだってインターネットにアップロードできる時代が来る。それは止まらない時代の流れです。しかし、死が遠ざかるほどに問われるのは生の重さです。いつかは、生の軽さに耐えられなくなると思うんです。だから、生きる意味を見出せずに病んでいる人がたくさんいます。

ー便利になればなるほど、アナログなものに惹かれたり、都会にいると自然を求めたりするところもありますね。

高橋:僕らのからだって自然のものですから、自然の中に行ったら気持ちいいって感じます。なのに人工物しかない都会にずっといたら病むのが当たり前ですよね。だからみんな、休みの日にキャンプとかサーフィンとか、自然と触れ合うことをしに行って、バランスをとっているんです。

バランスをとるもうひとつの手段は食べること。食べ物が自分のからだをつくっています。なのにみんな、その食べものは誰が作っているかってことすら知らない。スマホの充電みたいになっている。

こんなに何でも知れる世の中で、自分の食べているものを作っている人を知らないなんて、おかしくないですか?私たちの食べ物は、元をたどればすべて動植物の命でその命を育てた人がいることを、みんなに知ってもらえればと思っています。

バランスをとるために、都市と田舎をかき混ぜる

ー生きる重みを実感するためには、自然や人とのつながりがなくてはなりませんね。

高橋:でも、人間にとって都市も田舎もどっちも必要なんですよ。故郷っていくつあってもいいと思っているので、都市か地方かどっちかを選ばないといけないのは不幸です。週に一回とか月に一回、あるいは年に一回移動して、自分の暮らしの中に都会と田舎が両方あるような状態がいいと思います。そうしたら過疎なんてなくなると思うんです。

東京ばかり大きくなって都市を支える地方が弱くなると、日本ごと倒れてしまいます。地方を元気にしていくためには、移住ではなくて、都会にいる人が田舎に関わるっていくのが現実的じゃないかなって思いますね。

ー関係人口を増やす、ということですね。

高橋:そうですね。今は近代的家族の形が多様化し、スマホでそのときどきの自己を充足させてくれるパートナーを探せるので、固定した関係をリスクと捉える人たちも少なくない。つまり、人間関係も消費されている。人間の暮らしはもっと、情緒的なものや思いやりが必要です。だから僕は、今のこの社会を『ツルゴニョ社会』って呼んでいるんです。

ーツルゴニョとはなんですか?

高橋:今の社会はツルツル化しているんです。つまり人と関わらないから摩擦が起こらない状態。例えば、人が間に入らないサービスも広がっています。マンションのソファに寝っ転がって、スマホひとつで何でも家に届いてしまいます。僕も便利だからときどき使いますけど、じゃあ節約した時間で何をしたくなるのか。ゴニョゴニョしたくなるんですよ。

現代人はもっとゴニョゴニョしたいはず

ーゴニョゴニョ?

高橋:はい。つまり人とのつながりです。五感を使って感じたことを共有できる相手がいること。そういった時間は記憶に残るし幸せですよね。ツルツルしていけばいくほど、人はゴニョゴニョしたくなる。喜びや悲しみを共有したくなるんです。

ーSNSでは得られないリアルな人とのつながりが『ゴニョゴニョ』なんですね。

高橋:今の若い人はググりもしないって言われていて、ググるのもめんどくさいから全てタグ付け。つまり完全に同質化なんですよね。自分の関心のないものは目に入らない。嫌いなやつと飯を食うのは嫌だしね。僕もそうです。でも人には両方必要なんだと思いますよ。

逆に、自然などの思い通りにならない世界っていうのは摩擦係数が高くて、その分人を成長させます。

ー高橋さんはやっぱり、ゴニョゴニョした暮らしをされているんですか?

高橋:僕は2年間スマホを辞めていたんですけどね、スマホサービスの会社をやっているのにスマホ持ってないのはまずいってことで怒られましてね。またスマホ生活に入りました。寂しくてスマホに話しかけてしまうこともあります(笑)。

と、まあツルツル化してますが、仕事では地方に行って、生産者とも会いますし、去年は、平成の百姓一揆と称して、47都道府県でゴニョゴニョしてきたので、大事なのはバランスなんだと思います。仕事がゴニョゴニョし過ぎているので、プライベートはツルツルしたいんですね。飲み屋でひとり飲んでるときは誰とも関わりたくないですよ。疲れるからね。

ーバランスが大事ですね(笑)。

世界から選ばれる日本になるために

ー最後に、これからの日本に必要だと思うことについてお聞きしたいです。

高橋:今この国には見えない壁ができています。それは都会と田舎の人。都会生まれ都会育ちの人が田舎を知らないまま社会に出ていく。逆もそう。育った環境が全く違う人が出会うと言葉が通じないんです。

だからそれぞれの世界の価値と厳しさを理解し合って支え合っていくことをしないと、切り捨てることになります。

ー日頃から触れていないものに対して、自分には関係ない、と思いがちかもしれません。

高橋:これは外国に対してもいっしょです。東京も外国人の労働者が増えていて、外国人の力がないとこの社会は回らないのに、みんな横柄な態度を取るじゃないですか。

今、外国人に日本は選ばれなくなっています。「この国に来ても労働者としてしか扱われない、いい思い出がひとつもない」って言われています。だから、異質な世界を知る機会、触れる機会、関わりを持つ機会を様々なかたちでつくることが必要です。

今の社会は生産性が大事と言われますが、それはものさしのひとつに過ぎません。ものさしがひとつしかないのはスーパーツルツル社会。生産性のないものに価値がないと思って、いろんなものを切り捨てていって、人との関わりがなくなるのは不幸じゃないですか。そんな世の中が少しでも変わればいいなと思います。

編集後記

自分のからだをつくる食材が、どこでどのようにして誰の手でつくられているか、ほとんどの場合、意識もせずただ消費をしていました。

しかし食べ物が私たちの元に届くまでには想像しきれないほどの物語があるはずです。そんな背景を知り、生産者とつながりを持ち、都市と地方をかきまぜる当事者となれば、より生きていることを実感できるのかもしれません。

物や情報が溢れる社会で、自分が本当に求めているものは何なのか、しっかりと見つめて世界との関わりを持ちつづけたい、そんなことを思った今回の取材でした。

 

▼記事中に紹介した媒体・サービス
『東北食べる通信』
『ポケットマルシェ』

 

第1回

生産者の物語が、一次産業の現状を変える。──観客席からグラウンドに降りよう【前編】

第2回

都市と地方をかきまぜて、“生きる”を取り戻す。──観客席からグラウンドに降りよう【後編】

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